【永昌寺 阿弥陀三尊石棺仏 【加古川市神野町】 |
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永昌寺 阿弥陀三尊石棺仏 覆堂
加古川市神野町西条の永昌寺は、ドウダンツツジ
約500本が見事なお寺です。 |
もと県道端に祀られていたが、道路拡張のため、
現在位置の永昌寺門前南側に移されました。
中尊の仏高は 約62Cm |
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中尊の脇侍は、台座下の左右に刻まれていましたが、
落剝の為コンクリートで固められ姿を見ることができません |
加西市に入る前に、ひまわり公園の
「そろばん亭」で昼食です |
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胡麻を摺って |
ヘレカツ定食です 個数は選べるので2切れです
1,265円 ちょっとお高いかも |
【浄土寺の三体板碑 【小野市浄谷町】 |
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国宝浄土堂 (小野市浄谷町2094)
浄土堂内には、全長5.3m、名仏師快慶作の国宝・阿弥陀三尊立像があります。夕方になると、堂内西側の蔀戸から西日が射し、床に反射し、仏像は赤く染まりますが、今回はスルー
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浄土寺の三体の板碑
古墳時代の石棺と同じ材料を用いて作られた板碑 |
幅約60㎝・高さ130㎝で、正面に
大きく地蔵像が彫られています
下部は欠けていますが、碑面上部に天蓋を置き、➡
その下の中央部に曼荼羅が刻まれています。
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上部が失われた、阿弥陀三尊が死者を迎えに来る
「来迎」の姿が刻まれています
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加西市へと・・・
不動の尾石棺仏 【加西市網引】 |
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周遍寺への古い参道沿いに、今回一番「不動の尾 石棺仏」があります。今は廃道になった参道に ぽつねん と佇んでいます。
この道はどこへ行くのだろう?と想像力を掻き立てられるような
雰囲気に包まれています。
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周りの風景にとけ込み石棺の美しさを
十分生かした石仏です。夏には、石棺仏が隠れるほどに
草が茂り、また違った雰囲気をかもし出しそう。
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高さ180cm、幅95㎝、厚さ35㎝の家型石棺の蓋石の
内面に、地蔵菩薩がやや厚く薄肉彫りされています。 |
不動の尾 石棺仏のお顔を・・・
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この石棺仏から北へ細い山道を行くと白雉2年(651)法道仙人が、堂宇を建立したことにはじまるという古刹周遍寺があります。
左手の山向こうになるのでしょうか?。今では、野原になり、参道の面影はないです。
浮彫地蔵菩薩半跏像石棺仏 【加西市網引】 |
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浮彫地蔵菩薩半跏像石棺仏
住吉神社参道より離れた山裾にあり、
ちょっと見た目では解りにくい場所にあります。
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薄めの石棺に彫られた仏を見ることが出来ますが、
輪郭こそわかりますが細やかな部分は風化
などにより見にくいです |
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浮彫地蔵菩薩半跏像が彫り出されています。南北朝前期頃のものだそうです。
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加西市網引町、県道79号線網引交差点から北に
150m程進むと、道路西側に2基の古墳があります。
状覚山1号墳
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開口部を・・・ |
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封土が流失して玄室のみになっています。 |
状覚山2号墳 |
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状覚山2号墳は状態良く残っています
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玄室・・ちょっと中へと |
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玄室長さ約4m程 幅高さ共2m程、
直立しても大丈夫です |
墳丘もきれいに残っています。
墳丘から網引町内を・・・
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ハメ塚石棺仏 【加西市網引】 |
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状覚1号墳の裏にあります。
106×72×21㎝の石棺底石に、ハメ塚石棺仏、
地蔵菩薩立像が浮彫されています |
模式化の進んだ南北朝前期頃の作風で、
顔面は磨滅していますが、衣装、台座が
丁寧に彫られている。 |
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お顔を・・・ |
傍にハメ塚も・・・ |
倉谷 薬師堂 【加西市倉谷】 |
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倉谷 薬師堂
堂内に阿弥陀如来石棺仏がお祀りされているようですが、
扉が閉まっていて見ることが出来ません
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薬師堂左手に石棺が並んでいます。
詳細は不明で、薬師堂近くの後藤山古墳から
出土した可能性が指摘されています。
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一番右側の石棺、微かに阿弥陀如来さまのようなお顔が・・・ |
薬師堂近くに梅の花が・・・ |
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桜も一輪・・春はもうすぐそこまで来ているか???
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如意山・周遍寺 【加西市網引】 |
県道79号線網引交差点戻り県道79号線から急坂の山道を800m程登りきると周遍寺です
駐車場もあり、車で上がることができます。ここまでの道は、車1台やっと通れる細い道です。
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高野山真言宗 如意山 周遍寺
(加西市網引1964) |
天へと続くような石階段です |
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石段の横に咲く水仙 |
石段は綺麗に整備されて、一定な
間隔で素敵な言葉が書かれていました |
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石段中間地点にも開けた場所があります。
お堂は朽ち果てた状態になっていますが、多分大師堂 |
自然豊かな周遍寺周辺は人の手が長らく
入っていない寂れた雰囲気が漂っています |
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一言一言読みながら上がっていきます |
一番気に入った言葉です |
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ようやく本堂に到着、境内は広いです。中央東向きに如意輪観音菩薩を本尊とする本堂、孝徳天皇の時代白雉2年(651年)法道仙人が、この山の北の峰に石に写した妙経一部全文を納め、経の尾と号し堂宇を建立したことにはじまるという古刹です。 |
本堂・南無釈迦如来の幟が
風にたなびいています |
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本堂右側に開山堂 |
本堂の裏側には、四国八十八ヶ所札所めぐりがあります。
経尾山ハイキングコースにもなっているようです |
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四国八十八ヶ所めぐりは歩き良い道になっていました |
本堂裏側に立っている石造多層塔は天和2年に
再興を手掛けた高田六郎右衛門の寄進によるものです。 |
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経尾山・毘沙門への分岐地点に稲荷神社 |
四国八十八ヶ所札所めぐり後半は下りです |
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周遍寺に至る参道は、春は桜、秋は紅葉が美しく、境内からは遠く明石海峡大橋や淡路島などを望むことができます。
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境内から山々を望む。加西市観光二十選に
選ばれている歴史ある寺院です。 |
先人達も見たであろう、愛しきものたちに
手を遇わせた一日でした
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